第36回数学教育論文発表会論文集
友 田 勝 久
大阪教育大学附属高等学校池田校舎
関数グラフツールGRAPESは,高校での授業で使うことを念頭において,ユーザーインターフェース,シミュレーション機能,プレゼンテーション機能を中心に改良を重ねてきた。
一方,高校では,コンピュータがすべての学校に整備されただけでなく,プロジェクターとともに普通教室へも整備されつつあり,ハードウェア環境の整備が進む中でコンピュータ利用教育への関心は高まっている。
しかし,現状では,GRAPESの授業での利用はまだ少ない。GRAPESを使うことで,黒板とチョークだけの授業よりもはるかに優れた授業を構成できる場面は数多くあるにもかかわらず,である。そこで,高等学校の数学授業におけるGRAPESの利用拡大のために,今なにがもっとも必要なのかを考えてみた。
GRAPESの改良という点からは,
1. ソフトの可能性を広げる。
2.
ソフトの使い勝手を良くする。
の2点があげられる。
これらについて,高校数学での利用という点では,かなりのレベルにあると思っている。もちろん,改善の余地は残っているが,利用が進まない主たる原因は,後述するように,機能の不足によるものではないと思われる。
私はさらに,
3.
ソフトのよさを理解してもらう。
ことも意識してきた。そのために,GRAPESは多くのサンプルをセットにして供給してきた。このサンプルは,GRAPESの機能紹介がおもな目的であり,そのまま授業で利用されることは想定していない。GRAPESのよさを理解してもらえれば利用者の層は広がり,授業での利用も増えるだろうと考えているからである。確かに,利用者は増えているし,授業での利用も増えてきている。しかし,一方で,今の高校でのコンピュータの普及状況を考えると,もっと使われていいはずだ。という気もするのである。
次に,高校の数学教育でコンピュータ利用が進まない原因を現場のほうから眺めてみる。
高等学校における数学教育は,黒板とチョークのみでも効率的に行えるように構成されている。特に教科書は一部の章を除いてコンピュータやグラフ電卓などの機器利用を想定しておらず,そのような中でコンピュータを多用しようとすれば,効率の悪い授業にならざるを得ない。
さらに,コンピュータ利用で生徒が獲得する学力というものが,「黒板とチョークだけ」による授業で獲得できるそれと比べて異質なものである場合,その学力は評価されない恐れがある。とくに最近,学力を短期的に評価しようという動きが強まっている。既存の尺度による短期的な評価は,視覚的理解や概念の習得を得意とするコンピュータ利用教育には不利である。
また,高校は中学校と異なり学校間格差が大きいく,ある先生が作った指導案は,どんなに優れていても,他の学校では使えない可能性が高い。これは,生産性やデータベース化という点で,大きな障害である。
高校の数学教師は一般的に「ものぐさ」である。数学という教科は高度な抽象性を特徴とするために,実験というものがほとんどない。これは,小中高と上級学校になるほどこの傾向は強い。さらには,授業準備は(問題演習の準備を除けば)10分間の休憩時間に終わるという教師も多く,生徒を動かすためのシナリオを用意したり,実験の準備をしたりすることもない。このような教師を相手にコンピュータ利用による新しい教育の可能性を説くのは,前述の評価の問題もあり,かなりの困難を感じる。
現状ではハードウェア環境の問題も無視できない。プロジェクターがすべての普通教室に常設されている学校はまだ少ない。この場合,プロジェクターとパソコンを授業ごとに教室に持ち運んで設置しなければならず,気軽に利用できる状況にはない。ただ,この問題は解決の方向に向かうと思われる。
GRAPESを授業で使おうとすれば,題材を選び,その題材に基づいてGRAPESのファイルをつくり,次に,あるいは平行して指導案を作成する。ここで2つの壁があることに気づく。
ひとつは,GRAPESに適した題材かどうかの判断,あるいは,選んだ題材をGRAPESでどのような扱えばよいかという工夫が適切になされるかということであり,もうひとつは,プレゼンテーションやシミュレーションを交えた授業というものをどのように構成していけばよいのかというノウハウの問題である。
こう書くと,まったく希望がないように見えるが,上記の指摘は,全体的傾向を述べたものであり,すべての個々の状況に当てはまるわけではない。すでに述べたように,今の数学教育は「黒板とチョークだけ」で成り立つように組み立てられている。ここには,視覚的理解の軽視やシミュレーションの排除といった欠点が内包されており,GRAPESの利用で大きく改善できるはずである。また,新しい試みに対して,それを拒絶することなく,正当に評価しようという姿勢を持った教師も多くいる。さらには,壁をなくすことはできなくてもそれを低くすることはできるかも知れず,それによって利用者が増えることが期待できる。そのためには,次のような方策が有効であると考えている。
GRAPESを使うことで,効果的な授業ができるような例を,高校数学で標準的な題材の中から選び,GRAPESの利用例や授業例として供給する。教科書を使った通常のカリキュラムの中で実施できるメリットがある。
プレゼンテーションツールとGRAPESを組み合わせたパッケージとして,授業プランを供給する。ただし,授業全体ではなく一部分で使うことを想定している。GRAPESを如何に使うのがよいかという提案ができることと,授業実施のための準備にかかる負担を軽減する意味がある。
英語版は公開中で,マニュアルやサンプルの翻訳も進みつつある。また,スペイン語版もボランティアの手で製作中である。日本の教育への直接の効果は期待できないが,外国での利用が増えれば,利用事例の国際交流も可能であり,日本での教育利用への刺激になると期待している。